日向であり日陰である-Vol.4-

こんにちは!
食欲の春?!!真っ最中のことです〜!!今回は2月に出逢ったことばたちとそれにまつわるエピソードを書き留めてみます。(このブログの方向性がまだまだ決まらない〜〜))
・日向であり、日陰である
だれかを照らし、したたかで朗らかで、前の方に眼差しを向けたくなる、、おひさまのような存在でありたいし
だれかを包みこみ、静かに音を奏で、體と心をゆるませ、癒しを届ける、、大木のような存在でありたい
・體は0の状態を求めている、0になるように調律している
日々、ニューヨークに向けて準備をする中で、突然「インドに行きたい。」という想いが溢れてどうやって行こうか考え、頭が埋め尽くされた1週間があった。それを、わたしの恩師はこう解釈した。
「「インドに行きたい」は、副交感神経を求めている反応。ニューヨークは、交感神経優位な環境イメージだから、きっとバランスを取ろうとしているんだね。」と。
凄く納得した。自分のこれまでの行動を見直すと、環境を変えることで0になるように調律してきた事が多かったのではないかと気づいた。
だからこそ、「どこにいても自分の身を調律できる」という手札を持つ訓練をしたいと思った。今はインドに寄ることをやめた。
じぶんの外的に現れるものは、自分の内的状態。
それからの日々は、奨学金書類締切、コンサート、レッスン、英語資格試験、仕事、確定申告、、と全て1週間の中に詰まっていた事に気づかないくらい目の前に夢中になった。おまけに風邪を引いて声は出ないし咳酷いし、嘔吐するし、で全然健康とは言えなかった。
ただその期間心が揺れることはなかった。それは恩師から教わった「じぶんの身体に力みを感じたら意識して緩ませる」をずっと続けていたからかもしれないな。
同じ場所でじぶんを0に調律する。ニューヨークに行っても続けていきたい
・體と心は、一生モノ。ベースになるものを見失わない
體と心は、財産であり、資産。
なにをするにも、ベースが整っていないといつしかグラつき壊れてしまう。スパルタにしすぎず、甘々にしすぎず、調律をしながら基盤を築いていく。
感受性が豊かな私は、色んな出来事に反応しやすい。だからこそ、夢に目標に向かう上でこの訓練は長い道のりかもしれない。辛い時苦しい時、きっと自分の培ってきたベースが、大きなご褒美をもたらしてくれる事を願って。
・へんてこりんをいかに、やれるか
「普通になりたい、ありのままでいたい」
みんなにとっての(私が見えていた範囲)当たり前が、わたしにとっての当たり前ではなかった幼少期。ちょっとしたことでも、”普通”になれるように、努力してきた。”普通”になれるが幸せだった。何もしていないのに無意識に「へんてこりん」とお友だちに認識されていたからこそ、自ら「へんてこりん」をするのは大の苦手だった。むしろ「へんてこりん」にならないように努力してきた。
一方で、人のちょっとした瞬間に気づけて、友だちの話を聴くことが増えた。友だちが笑顔になる瞬間に立ち会うことが多くなった。こんな自分にもできることがあるんだ!と嬉しくなった。少し自分を肯定できるようになった。
高校生の時、嫌われるのが怖くて周りを気にしすぎていたが故に、起こった出来事があった。その出来事から「大木のようにどしんと構えよう。好きな人といていいし、好きなことをしたらいいんだ」と思えるようになった。
「普通になりたい」と思っていた過去を消化でき、じぶんの心の声を少しづつ聴けるようになるうちに、「へんてこりん」修行がはじまった。
・まっすぐさ+しなやかさ=懐の広さ
まっすぐな素直さに加えて、柔軟なしなやかさを持ち合わせると、懐の広さに繋がるのではないか。
この言葉も師匠からいただいたもの。しなやかとは、どんな状態なのだろう…と考えてみたけど、まだ上手く言葉にできない。でも、きっと色んな世界を見て、色んな経験をして、じぶんの視点以外の立場を知ろう!と動くうちに、自分の幅が広がって、しなやかさに繋がっていくのではないかな。
こんなふうに仮説を立てて暮らしながらヒントを探していきたいな
といった感じで、今月のことばたちでした。
こんな投稿どうかなあ!

「炎の星」
Vol. 4|2025.3.13
Koto 琴